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あおいとりプロジェクト

開国後の明治時代とヴィクトリア・アルバート美術館

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このところ、日本の持つ良さなどに目が行きます。若いころは、海外に行って外で通用する人になりたいと思っていたように思いますが、ハンナ・アーレントを読んで全体主義などを考えたりすると、故郷というものを持つ幸せというものが身に染みます。日本では「自分が一番マジョリティに所属している」というのが当たり前すぎて「価値あるもの」という感性を持ちにくいかもしれませんね、ほぼ単一ですから。海外にいくと、よそ者である自分を感じます。まあそこが楽しいと言えば楽しいですが、それは帰る家があるから。最近難民の方々のニュースをよく見るので余計に思います。そして、もっと日本人しかいなかっただろう江戸時代の鎖国の時から、開国にかけて人はどう感じただろうとかに興味が出てきました。

先日、ロンドンに行った時にヴィクトリアアルバート美術館(VAM)の日本コーナーを見てきました。実はわたしこういう博物館に行っても日本コーナーを飛ばしていました・・・以前は興味がなかったのです。最近は、NPO法人山梨水晶会議との関わりで、どれくらい昔から日本の水晶加工技術は行われていたかということに興味が出てきました。(次は大英博物館のアジアコーナーを見てきたいところ、意外と大きくて見て回れない・・・)

ここVAMでは主に明治時代に作られた工芸品がたくさん置いてありました。象嵌細工や蒔絵細工。漆塗り、武士の魂のはずの刀。開国後の明治時代、「散切り頭をたたいてみれば文明開化の音がする」っていうのを思い出しますが、文化的に怒涛に入れ替わりがあっただろうことに興味を持ちました。

このコーナー、何が目当てかというとまず「水晶玉系工芸品はないかな?」ということ。前回訪れたロンドンの自然史博物館には日本製の水晶玉が置いてあったのを見て、こっちにも工芸品がないかなと思ってチェックしに来たわけです(前回はVAMの日本コーナーを見落とした、笑)。

どこかで書いたかもしれませんが日本の置物は英語で「OKIMONO」と表記されていました。そしてこれは象牙細工。このころの明治時代、世界博覧会という形に世界で何か所も行われています。最初はパリで行われていましたが、世界中でやるようになりウィーンあたりで日本の研磨された水晶玉が展示されています。その精巧さゆえにとても高い評価を得たとか。

この水晶玉を持った置物が割と人気で、あちこちで見かけます。
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これも日本製の象嵌細工の龍が水晶玉を持っています。これ、水晶玉の産地までは分からないんですがたぶん日本製の象嵌細工なので水晶玉も日本で加工されたと思います(というかそう思いたいだけで、証拠はない)

そしてもう一つ。
以前見たNHKのドキュメンタリーの「失われた色を求めて」で紹介さていた布をみてみたかったのです。
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その吉岡幸彦さんが陣取って進めていた日本の染物をこのVA美術館に収めるというシーンがあってそれを見に行ったのです。
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あんまり日本の物を誇らしいとか思わないのですが、これは「おおお」と素直に思いました。日本の伝統で作られたものが海外で美しいと思われて、展示品になっている。わたしもその美しさを共感できるというのはなかなかないので。過程をドキュメンタリーで見ていたからでしょうか。

こういうものをみていると、日本の美術が素敵と思われているということに誇らしく思う反面、日本は貴重なさまざまなものを海外に流出させてしまうほど国力が衰えていたのだなとも考えられて複雑な思い。ここの美術館の説明も、「武士が刀を持たない時代になり、サムライが財力を失うと刀鍛冶やその細工師は職を失いかけました。新しい顧客として海外への輸出という方向へ流れて行ったのです」みたいなことが書いてあり、ああなるほどと思いました。あまりこういう置物で象嵌細工って日本の美術館ではみないのは対輸出用だったからなのでしょう。こういう床の間に置くような置物は西洋ではあまりなじみがなく、その精巧さにびっくりするのでしょう。このほか、真鍮や鉄などのワックスを使った加工などもたくさんありますね。たしかアメリカの世界第二位の大きさを誇る水晶玉(Penn美術館所蔵)も台座はMade in Japanです。もう失われてしまった技術とも言われていますね。とても残念。

さらに「英雄たちの選択」というテレビ番組の岡倉天心の回で「廃仏毀釈」について扱われていて、上記の「美術品が流出していった」ころの背景はどんなだったかということにさらに興味が出ました。知識につながりがあまりなくて、あれこういうのって学校で習ったっけ?とおさらいを始めています。

番組内では、岡倉天心(1863年2月14日横浜生まれ1913年9月2日没、冥王星が牡牛にいる時期。)16歳で英語が得意だったことを理由に英語の教師の美術収集について奈良に寺の調査に興福寺へ行き、打ち捨てられている仏を見て「日本人が長年大切にしてきたものを簡単に粗末に扱っていいものか」というような疑問を抱きます。うち捨てられていた仏像はその当時日本の美術に興味の持ち始めていた欧米の美術コレクターに買われていったというのが悲しいですね。

17歳で今の東大に当たる学校を卒業し官僚になっています。そして、東京芸術大学美術部の前身となる東京美術学校を作り、仕事にあぶれていた仏師(高村光雲等)を講師に招いたとありました。岡倉天心は横山大観の子どもの絵の「無我」を書くためのヒントなどを与えた人でもあると紹介されていました。

わたし彼のデザインしした六角堂に行ったことがあります。茨城県の五浦にありますね。廃仏毀釈は特に水戸光圀公によって江戸時代に推進されたとwikiに書いてありました。そんなおひざ元みたいなところに、居を構え1997年には美術館までたつとは。歴史とは本当に面白い。

この日本の文化を大切にしようという流れはわたし民芸運動へもつながっているのかなと感じました。もちろん研究者じゃないのでよくはわからないのですが、一番最初に思い出したのが柳宗悦。ググってみてもいまいち交流があったかわかりませんね。ただ、柳宗悦は最初西洋美術を日本に持ってこようとしていたようで、ロダンと文通していたと書いてあります。その後、李朝時代の彫り物に惹かれていて、その後関東大震災の後に京都に転居し民藝に興味を持ったと書いてありますね。アールヌーボも、この柳宗悦が日本の美術を紹介して巻き起こったものと記憶していますが。

柳宗悦と親交の深かったバナード・リーチは香港生まれで、母の死後祖父母がいた日本で育てられ、ロンドンで教育を受けています。1907年ロンドンで高村光太郎と出会い、幼少期に過ごした日本を思い出し、郷愁に駆られます。(高村光太郎は智恵子抄や根付で有名ですが、上記の高村光雲の息子です。)

その後、リーチ氏は1909年に日本の上野に居を構え、白樺派の人たちと合っていますね。その中でも生涯の友となる柳宗悦と出会って、我孫子にて民藝活動の一環で版画を教えてに行っています

(※わたし、幼少期は千葉の柏というところで育っていますが我孫子は隣です。そういうことは習わなかったなー。ただ父母が美術系の学校出ているので我孫子はそういう活動で文化溢れる土地なんだよといっていたことだけは覚えています。今度実家に帰った時に寄ってみよう、我孫子。)

そういえば、この柳宗悦の英語の先生である鈴木大拙は南方熊楠と同じ時期にロンドン留学していてその後、文通していました。南方マンダラの話を彼との手紙のやり取りで触れています。さらに、柳宗悦がとても影響されたというウォルト・ホイットマンは
夏目漱石が日本に紹介したとありました。

柳宗悦は、“ウォルト・ホイットマンの「直観」を重視する思想に影響を受け、これが芸術と宗教に立脚する独特な柳思想の基礎となった”とあります。そして、リーチ氏が日本で民芸運動をしている人にウィリアム・モリスの「アーツ・アンド・クラフツ」運動について広めたわけですね。

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そしてわたしはロンドンのヴィクトリアアルバート美術館のウィリアムモリスのデザインしたティールームにて
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スコーンを食べてきたわけです。そして、ウィリアムモリスが卒業した学校で占星術を習ってきたわけでもあります。小さいシンクロでとても興味を引かれています。

何が言いたいかと言いますと、憧れと他を受け入れるは元を壊すということだなと。入って来た分、元が居場所を追われるわけです。新しいことというのは良いこととばかりは言えないなと。こちらを正しいとするから、これではないものを間違っているとするのは、政治的意図で民衆を統一したいがためというのがありますよね。思想を共有する人たちは共感力を持ちやすい。同じ宗教の元で束ねられた国家の力は結束力半端ないのは歴史が証明しています。ただの人間である国家のその時代のトップが神の言葉を借りてるだけなのにまるで神であるかのように錯覚してしまう民衆というの悲劇もあります。宗教をディープにやっているということはわかってやっているということで、その罪深さもわかっているのかなーと思いますね。宗教と政治が合体してろくでもないというのは、ローマ時代からくりかえしている、いやもっと前からでしょうか、争いの元で他であるものに日ごろのうっぷんが卯作りやすい構図でもあるなとも思います。

廃仏毀釈について、上記番組内で言われていたことは「怒りで壊されたもの、仏像などの像は必ず首を落とされたり顔がつぶされたりする。」岡倉天心の持っていた仏像は手足はなくなっていましたが顔は奇麗なままでした。廃仏毀釈を通して人々は仏像や寺に怒りをぶつけて壊されたのか、それとも忘れられ捨てられただけだったのか。その辺をまた調べてみたいですね。


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みかみ まき

西洋占星術師&アクセサリーデザイナー、水晶占い師占星術・タロットをまついなつき氏に師事、占星術と水晶透視を松村潔氏に師事しております。詳しいプロフィール

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